長野県自然保護連盟の講演会

掲載日:2009年7月19日

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長野県自然保護連盟結成35周年記念講演会・シンポジウムが長野市でありました。テーマは、信州の自然と風土、これまでとこれから〜〜この地球にみどりと平和を・新たな未来社会をめざして〜〜です。
哲学者の内山節氏と、環境経済学者の宮本憲一氏が講演されました。

内山氏は自然と社会に立脚した哲学者です。「現代文明と風土」という演題で話されました。

はじめに、今回の世界危機は立ち直ればいいというものではなく、立ち直るということがなにを意味しているのか?立ち直れるのかという点で、かつての世界恐慌時より深刻と感じていると話されました。
現代世界の危機は、「ある時代」の終わりと言えるのではないか。資本主義や市民社会、近代国民国家は、個人に立脚した社会だが、それが劣化し、危機を迎えているということ。
資本主義が危機を迎えたとしても、次の社会に向かっていくため過程と考えれば良いかというと、そうではない。問題はつねに弱いところにでてくるからだ。
資本主義社会をつくってきた産業革命以降の経営モデルが通用しない時代になっている。大量生産のもとでは、自社技術といっても、外から購入するもので成り立っている技術に過ぎない。経営モデルは永久に続くものではなかったため、資本主義は自滅してしまった。

このような時代にあって、私たちはどうすればよいのか?
市場で結ばれた社会から、生命と結ばれた社会へ移っていくべきだ。かつての日本の農村社会は、人間の生命と自然の生命の営みが森を通して結ばれていた。このように、『人間同士も互いの生命の営みを通して結びついていく社会』が進むべき方向だ。
もともと、私たちはいろいろな生命の営みの連鎖の中で暮らしていた。これは今でも、私たちのずうっと奥の方で流れてきているが、今は、市場で結ばれた社会の中で見えなくなってしまっている。たとえば、林業も木がいくらかという市場の結びつきでしかとらえられていない。食事も自然の営みの実をいただくというものから、栄養をいただく、足りなければ、サプリメントで必要な栄養素を買ってくればよいという、市場のつながりでしか考えられていない。
生命のつながりで生きているということが見える社会を、どうやってつくっていくか?これが課題。
たとえば、今話題になっている脳死の問題も、人間の生命をどうとらえるかということがはずされて考えられている。文化的・生命的営みの中で、生と死を考えることを抜きにして、単純に生物科学的に判定しようということは、誤り。
生命は単体の中で自己完結しているのではなく、互いの生命中でやりとりをしながら生きている。相互に依存しながら全体の生命世界の中で生きている。
市場社会の中にありながら、そこにどのような生命の結びつきや依存関係があるのかということを考え、見ていく必要がある。
大正や昭和初期に諏訪清陵高校で地理の先生だった三沢勝衛は、「風土」を自然の営みや人の営みの蓄積された場所と考えた。三沢は、子供たちには郷土だけ教えればいい、郷土をしっかり見る目を養えば、自分たちの生きる風土の貴重さがわかる、そして、世界にはそれぞれの貴重な風土があり、互いに尊重するという、平和主義の人間を育てることが大事だと主張した。
また、地域の産業をどうつくっていくかということについては、風土産業、持続していく産業をつくっていかなければならないと主張した。持続するためには、自然の営みや人の営みに対立・矛盾するものではなく、調和するものでなければならず、それを担う人を育てなければならないと。
当時日本の風土論は、日本や東アジアモンスーン地帯の風土論を唱えた和辻哲郎の風土論が主流の中、三沢は学者の中では、見向きもされない存在であった。しかし、一方で和辻は、自身の唱えた風土論故、戦争支持をせざるを得なかった。
内山氏は、三沢氏の風土論のなかに、私たちが生命的世界を取り戻すために、進む道があると結ばれた。

次に宮本憲一氏が「世界的大不況とグリーン・ニューディール」という講演をされました。宮本氏は公害問題を日本で初めて提起した人で、環境経済学を切り開いてきた人です。
宮本氏は、今回の危機は、カジノ破綻といわれるように、実体のない証券やお金の取引で資本を拡大してきた金融資本主義が破綻したのであり、これを支えてきた1960年代の終わりから始まった、新自由主義の思想と政策の失敗であると話されました。
新自由主義とは、日本では中曽根内閣の国鉄・電電の民営化に始まり、小泉内閣の構造改革で頂点に達した政策。新自由主義の思想は、資産の自由化、個人は事故責任で利益を最大に上げれば、自然に社会の安定と秩序がつくられるというもの。民営化、規制緩和、小さな政府がその政策で、福祉・医療・教育などの社会サービスは民間にまかせで縮小し、所得の再分配的な税制はやめて、消費税のような平均的課税に変えてきた。
その結果、医療崩壊、貧富の格差、不定期雇用や失業などの社会問題が起き、ここへ世界不況が直撃したため、深刻な経済・社会の危機が起こった。アメリカ追従で福祉国家を破壊した政治の破綻である。
では、そのような中にあって、どのような政策を採ればよいか?それは、グリーン・ニューディールと憲法擁護である。
世界大戦という歴史の教訓に学び、憲法を守って、新自由主義の政策で破壊された福祉・医療・教育などの社会サービスを再生・発展させ、災害の防止や環境保全の分野の投資を行うのが、正しい選択だ。
アメリカのオバマ大統領は、7870億ドルの対策を発表したが、支出面では失業者・医療保険支援に1980億ドル、教育・州政府支援1060億ドル、環境エネルギーに380億ドル、代替エネルギー投資促進に200億ドルというもので、また10年間に1500億ドルの環境部門への投資を行うといっている。オバマのアフガニスタンなどでの戦争継続には賛成できないが、このグリーンニューディールは評価できる。
これに対して、日本はどうか?今回の14兆円の補正予算は、定額給付金に見られるような選挙目当てのバラまき、環境はエコカーと省エネ家電の普及という自動車・電機産業の救済策にすぎず、地球環境問題の解決のための構造的な対策ではない。14兆円のバラまきのために大量の公債を発行しているため、来年度予算は危機的、増税も待っている。さらなる危機を招く可能性がある。本来は、社会保障を整備すべきであった。
また、デンマークで12月に世界の温暖化対策会議が行われ、2020年までのCO2削減についてが決められる。しかし、日本はでは温暖化ガスの削減中期目標をめぐる案を6案出しておきながら、経団連の「このままで行きたい」という意見に振り回されている。経団連の方針で行けば、温暖化ガスは6%増えてしまうにも関わらず、経団連は、新聞に全面広告を出し、温暖化防止は国民負担が1世帯あたり57万円必要で、それだけの覚悟があるのかという、ひどい広告だった。
根本的な問題は、日本のCO2の削減対策が、家庭に対してのみで、60%以上を出している企業に対して規制やエネルギーの転換をさせる政策ではないことや、40%を原発に依存させるとしていることだ。
温暖化も深刻だが、日本でさらに深刻なのは、食糧問題と水の問題だ。
日本の農業は急速な衰退をし、1965年に比べ、2005年は、耕地面積でー22%、農家戸数でー50%、農業従事者でー75%であり、食料自給率は39%で、欧米先進国の70%と比べ、危険水準である。
日本は世界最大の食料輸入国で、輸入額では2位のイギリスの2倍、フードマイレージの交通エネルギー消費、生産国の水の消費依存という点で、地球環境に大きな負担を与えている。
しかも、日本は世界一の残飯国で、食品の廃棄物は年2200万トンである。
これは食品の安全性という点でも問題で、中国餃子やアメリカの牛肉問題をみればわかるように、輸入に依存していては安全性の確保は困難である。
宮本氏は、日本のグリーンニューディールは、農村や山村をどうするか、農産村の再生からはじめなければならないと結ばれました。
また、干拓をやめたり、ダムを造らないことなどの、環境政策を打ち出していくべきだと、話されました。

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