阪神淡路大震災で出来た断層を保存する記念館

掲載日:2010年2月5日

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久理田さんは15年前に淡路島で震災にあわれたそうです。養鶏で、飼料を独自に配合し、アレルギーを起こさない卵を生産していましたが、震災で養鶏施設は飴のようにグニャグニャになり、養鶏を続けることが出来なくなりました。大きな借金を抱え養鶏ができなくなり大変困ったそうです。借金を返したり整理して、明石市に移って、やっと5年前から今の小野市の畑を借りて自然農法を始めました。
淡路島からは、久理田さんのように震災後にやむを得ずよそへ移っていった人が沢山いるそうで、大震災は人の暮らしを大きく変えてしまいました。
淡路島では、地震でできた断層を保存してある北淡震災記念公園(断層保存館)があると聞き、行ってみました。
この断層は野島断層という活断層で、15年まえの大震災で、なんと縦に50センチ、横に1メートルほどずれました。
記念館では建物の上に屋根をかけたり、断層のすぐ横の建物やブロック塀をそのまま保存してありました。

久理田さをはこのズレた断層の 近くに暮らしでいたそうで、地震の時は家が回ったそうです。
写真上は断層を横に切り取った展示、境目はっきりわかります。真ん中は断層と一緒にズレたブロック塀。下の写真は屋根をかけて保存してある断層で、断層のズレと一緒に水路がズレた様子、競り上がった断層片側面の様子などが良くわかります。
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淡路島の元久理田さんの住んでいた地域では、消防団がどの家のどの部屋に誰が寝ているかということまで調査し、把握していたため、倒壊した家屋から早い時間に助け出された人が沢山いました。淡路島では、他の地域でも地域の繋がりが強かったため、大勢が助け出され、震源地に近く大きな被害が出たり倒壊家屋が多かった割には、死者の数が少ないのが特徴的でした。プライバシー上、寝ている部屋まで把握するというのはどうかという声もあるかもしれませんが、大震災に備えるためには、必要なことだと思いました。地域の繋がりが強いところだから、可能なのかもしれません。

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